日々是好日(にちにちこれこうじつ)

投稿日:2014年10月23日 更新日:

是は碧厳録・六にある中国、唐代末の雲門禅師の考案だ。
『十五日以前は汝に問わず、十五日以後一句を持ち来たれ』
この意味は悟り以前とか悟った以後という意味であります。
悟ってどんな働きをするかで師に尋ねたところ、誰も答えられず、
雲門禅師が自問自答で『日々是好日』といったのである。

悟った後どんな暮らし方、行動するかを諭したものだ。
悟ったからとて毎日が良い日ばかりではありません。

雨の日もあれば風の日もある。
嬉しいことがあったり、悲しいことがある。
それをそのまま受け入れ生きていくことこそ風流というものである。

嬉しいときに嬉しいと思ってはいけない、
悲しいときに悲しんではいけないと思ったりすることは、
執着であり煩悩に支配されてることだと解く。

最近は理屈で考えるから悲しいときに悲しみを見せない、
嬉しいときに嬉しさを表現しないことが平常心だと勘違いする人がいる。
悲しいときに悲しみ、少し時がたって日常に戻れば日常の中で生きる。
悲しみに執着しないことが平常心だ。
悲しみを見せまいとするのは返って執着してることになるのである。

是と同じようなことが正岡子規の『病床六尺』の中にある。
『悟りとはいつでも死ぬことであると考えていたがちがう、
悟りとはどんなことがあっても生きてるということだ。』
(記憶なので正確に覚えていないが意味するところは同じだ)

禅では無分別を尊ぶ。
われわれはあまりにも、○と×の二元にわけて相対化する癖がつきすぎている。
禅では分別知といって嫌う。
人間を肉体の結果が精神だとモノ化する。
死んだら精神もなくなると論理的に考えることが絶対的に正しいと唯物論では考える。

東洋的な実存は『今・ここ・自己』にある。

皆さんは日々是好日に暮らされていますか?

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