メールの功罪

投稿日:2014年9月25日 更新日:

月に一回は現役の経営者と食事会をする。
昨日、話題になったのはメールの功罪だ。

メールは便利な道具で、自分が気づいたときに発信できる得点がある。
一方、受信は発信側の責任でなく、受信側の責任だというのが議論の中心だった。

そう考えるとメールを発信しても、「見ました」という返信がない。
いったい、受信者はどう受け止めているかわからない。
まさに、ドッヂボールのコミュニケーションが最近の傾向だ。

仲間の経営者は、メールであれ人間と人間のコミュニケーションの一つの方法だから、
投げたら投げ返すキャッチボールが原則だと主張する。

具体的に返答ができないメールでも、「見ました」と返事すればいい。
コミュニケーションが目的だからと頑固に言っていた。

昔の手紙のやり取りのような感覚だ。

それにしては情報量が情報社会になって6倍になったといったのはビルゲイツだった。
現代は江戸時代の一年間の情報量が一日で流されてる時代だといわれる。

いちいち返事ができないぐらい判断、決断を迫られるので、
返事の必要不必要を自分で判断しないと処理できないとも推測できる。

食べ物によって人間の気質が違うとよく言われるが、
個人主義的傾向の強いのは小麦文化で、
集団で助け合いチームワークをとろうとするのは稲作文化といわれている。

欧米の成果主義の会社の話が出た。
金融や不動産の関係の会社のメールはドッヂボール方式が多い。
会社の運営も個人の成績によって給与が渡されるので、
いつも夜中にメールを書いて発信してるのが現実だというのだ。
(成果のために身を粉にして働く、給与も1,000万にはなるらしい)

その逆に成果が上がらなかった社員についてはIDの番号も変更され、
メールで『明日から出社に及ばず』で会社との契約が切れる。
私物はダンボールに入れられ郵送で送られてきてお仕舞いだそうだ。
日本人的な義理と人情の世界はまったく入る余地がないぐらいドライだ。

IT社会になって、人と人のコミュニケーションも、
欧米化して来ていないかと考えさせられる話であった。

欧米では『タイムイズマネー』と考えるのであろうが、
先日102歳の日野原先生がおっしゃっていたのは、
『時は命なり』である。
そのために三つのことを心がけよとおっしゃっていた。
1.何事も人も愛することをしなさい。
2.何歳になっても新しいことを創めなさい。(創造するの創とかいてはじめるです。)
3.お互いが助け合い支えあうようにしなさい。

日本の武士道は、最初に志や、使命がある。
お金のためだけに生きることを良しとしないのである。
「武士は食わねど高楊枝」という言葉もある。

最近はお金のためなら自分の魂を売り渡してもいい、、
自分を守るためなら、うそもつきかねない時代が到来してる。
経済のベースは『信用』だ。
語源も『経国済民』、国を治めて民を救うという意味だ。
一万円が一万円の価値で交換できるという信じあうことによって成り立っている。

すべてではないが、金かねモノモノ主義へ偏っていっていないかと疑いたくなる。
お金やモノが悪いとか良いとか言ってるのではない。
あくまで道具であり手段である。

道元は『善悪は時なり』と喝破していますが!!

皆さんはメールでのコミュニケーション如何考えられますか?

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