弱者と強者は決まってない

投稿日:2014年7月2日 更新日:

「野村監督の名言に「弱者は敗者にあらず、強者は勝者にあらず」というのがある。
心の状態が変化することを熟知している言葉だ。

仏教では諸行無常と変化しないものは何も無いと言い切っている。
ところが、誰もが求めるのは変化しない心を創りで苦しんでいる。
いくら変化しないものは無いと声高にいっても、
無意識に自分を守るために変化しないものを得ようとする本能が内から叫ぶ。

野球という勝負の世界は変化する現実を勝利へ変える心技体が問われる。
人間と人間の心理戦とボールとバットという具体的な道具で得点を競う真剣勝負だ。
(フェアプレイが原則)

弱者は「彼を知り己を知らば百戦危うからず」で徹底して、
人間の行動の法則性と意味を掘り下げ「彼を知る」
そして、自分を知り対応策を考え準備する。
心技体を整えるのである。
人間は完璧ではない不完全だ。
どこかに法則を見出し、行動をパターン化しようとする野も本能だ。
そこを見抜くのである。

さて、逆に強者は自信と誇り」を持つのが普通だ。
人間は完璧ではない。
この自信と誇りは他人の言うことを聞かなくなり独善化する。
「驕り」だ。
「誇り」は表に出して見せびらかすものでなくうちに秘めるものだ。
世阿弥の「風姿花伝」には「秘すれば花」という表現もある。
おごればバランスを崩すのである。
この時、強者は敗者になるのだ。

さて、昨日の月間朝礼に「努力と結果」について以下の一文を紹介する。
1.努力して結果が出ると自信になる
2.努力なしで結果が出るとおごる
3.努力なしで結果が出ないと後悔する
4.努力して結果が出ないと経験が残る。

私はこの四番目の言葉が印象的で感動した。
努力して生きることは人間にとってつらいことでもなく、
本来はしなくてもいいのに無理して行動する意味でもない。

「生きる」ことは毎日こつこつ努力することで、
一生懸命は特別な行動でもなく真剣に生きることの別の表現だ。

真剣に生きるとは毎日が元気はつらるでストレスが無く楽しい心の表情をいう。
一方深刻に生きるとは苦しいと思い、
いやいや努力してストレスを自分で作る心の表情をいう。

この一文に諭されたのは、結果が出ないからと努力のスイッチを切らないことだ。

皆さんは弱者、強者どう考えますか?

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