人と個人と人間について

投稿日:2014年2月25日 更新日:

私たちは人として他の動物とは違う。
個人というのは人同士の動物的な性質の違い。
背が高いとか低い、好き嫌いや損得を言う性質を言うのかはっきりしない。

それでは、人間と言うときは集団の中で協調性があり、
人間としての礼儀や道徳意識が高く、
子供のようなわがままさを出さず、
創造的な働きをし人格ができてる人をさすように感じる。

さて、国語学者でないので言葉の定義については明確にわからない。
なぜこんなことを書くかというと憲法が議論されているからだ。
13条の「すべて国民は、個人として尊重される」とある。
人権といわれ「地球より重い命」というのは、動物より上だと言ってるのだろうかわからない。
個人という言葉の背景には、キリスト教の神から原罪を受けて労働をかせられた人という
ニュアンスを感じる。

私たちは、八百万の神の国であり、仏教を上手く取り入れ新しく日本流に育てて生活する
民の歴史だ。
今キリスト的考えを取り込み、元々ある聖徳太子の和の精神と対立してるのが現代だ。
2~3百年先には、みごとに中和させ新しい哲学が生まれてることに違いない。

人類が進化し新しい哲学が生まれる過程が今だ。
奪い合う競争の相対的価値観を妄信する時代から、
相補的な愛の世界〔キリスト教〕、布施の世界〔仏教〕を、
第一の価値観にした世界観があっても良いのではないだろうか?

合理的科学主義の人は宗教を一方的に観念論だと一蹴せず、
脳科学や心理学をもっと進め宗教を科学する努力がほしい。

人類最大のベストセラーは聖書だというのに!

みなさんは個人として対立を好みますか、人間として和しますか?

no image

2020/10/20

「社会変革」と「自己変革」について

いまや科学は宇宙へ行ける能力を持つにいたって、宇宙の空間で宇宙のステーションを創り人間が生活している。 マルクスは何のた ...

no image

2020/10/20

「坐禅をして仏になる?」

坐禅をして悟りを得ようと馬祖道一は修行に励んでいたところ、南嶽懐譲禅師(六祖慧能大観の弟子)が、ある日瓦をごしごしと磨き ...

no image

2020/10/19

「製品中心の時代から人間中心の時代へ」

ブロックチェーンによる仮想通貨が考えられるようになったのはネットが普及して、 誰もがどこでもいつでも情報の受発信ができる ...

no image

2020/10/17

「六祖慧能の話」

達磨から数えて六代目が慧能大観だ。 広東省に生まれた慧能は母一人子一人で、薪を売ってつましい暮らしをしていた。 ある時に ...

no image

2020/10/10

「不老不死」を求めるのは生の現実肯定

中国の道教は仙人思想で「不老不死」を求めた。 生を長く保ち続けるために不老長寿の薬を求めたと歴史に書かれている。 キリス ...

-生き方
-