コロナウイルスが教える「哲学の地動説」

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コロナウイルスが教える「哲学の地動説」

マルクスの唯物弁証法と唯物史観からの脱却の時期が来た。言い換えると個人主義と集団主義の二者択一の世界観からの脱却だ。
14世紀の黒死病(ペスト)に端を発しルネサンスが起こるのである。まさに西洋の中世は神に支配された世界であり、
神からの解放を目指して人間復興が行われたのである。そして18世紀中ごろには蒸気機関という動力を産み目覚ましく機械化が進み、
生産性が上がる。道具を自分で作る手工業だった生産が工場の中で機械を動かすようになる。飛躍的な生産革命が起こったのである。
マルクスが言うように手に職を持って生きていた人が資本家に雇われる無産階級となり、労働者が生まれるのである。

そこで、資本家の搾取が理論的に暴かれ、搾取という概念が生まれ、資本論を世に問うのは19世紀半ばである。1917年には世界の労働者が集まって、
団結し、新しい世界観としての共産主義社会が登場するのである。その哲学的な基礎になったのは唯物弁証法と唯物史観である。
現代はこの世界観の違いでいがみ合い、そこに宗教観が絡み合って複雑な様相を示している。新しい世界観が登場する時代でもある。

さて、だからと言ってすべてが間違いだったということではなく、人類はさらなる進化を遂げるというのが小田切瑞穂の「潜態論」だ。潜態論では、
哲学的には帰納法と演繹法があるようの、理性にも収斂理性(帰納法)と発散理性(演繹法)の二つがあるというのである。従来の科学は技術論的で、
あくまで自然を観察し、実験から得たデーターで法則性を見つける分析型の帰納法の収斂理性だというのである。しかし、人間の呼吸を見ればわかるように、
まったく真逆な方向の中で息してる。自らの心と書く。だから理性も発散理性という真逆の理性を磨くことで、収斂理性で得たものを役立てるのが正しい思考法だというのである。

まさに、コペルニクス的な哲学の地動説なんだということになる。人間の知性から生まれた収斂理性は天動説で自己中心の利己心ベース、
ところが大自然の法則に則した知性から生まれた発散理性こそ地動説で自然と調和する利他心ベースの哲学であるというのだ。
だから、マルクスの考えた哲学観は個か集団かの違いだけで対立するべくして対立してる。小田切の潜態論は理性の奥にある人間本来の良心から考える哲学と言える。

まったく次元は違うが京セラの稲盛和夫さんは事業を行うのに「何が正しいか?」を自問自答してきたという。その基準は母から教わった実にプリミティブな「嘘つかない」
「欲張るな」「正直であれ」といった宇宙の法則という良識で判断することだというのだ。「動機善私心なかりし」「才能を私物化するな」すべてが一貫している宇宙の法則が基準だ。

小田切の「潜態論」もまさに同じことを表現は違うが発散理性を磨けと断言する。稲盛さんも事業という現実の経済行為の中で「利他行」一番を標榜し行動に徹しきって、
日本航空まで立て直し実践して見せてくれた。そこには小田切も描いた新しい世界観を想像していたからこそ実現できたのだと察する。

コロナウイルスは我々を根本的に立ってる哲学まで問い詰めて目覚めさせようとしてるように感じる。

皆さんは哲学の地動説いかが思いますか?

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