一円に人は納まる

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二宮金次郎(尊徳)は小田原藩の武士にまでなる人物になるのは、
薪を担いで本を読む石像が小学校にある。本は「大学」を読んでいる。

農民は飢饉が来て、毎年の年貢を払うのに困って心もあれていたのが現実だ。
そこで、金次郎はあぜ道に稗や豆など植えて収穫を増やし、農民の荒れてる心を立て直すのに、
分相応の生活をし、少しは未来のために残し、新しく新田を開発するように仕向けた。

数年たつとだんだん生活も楽になるし、さらに貧しい農民も受け入れ無利子でお金を貸して、
開墾を進めた。すると金次郎がお金をかすめてると言いふらす不満反感が出てきた。
また一方武士からも農民が豊かになっていくのを見て、武士の禄は変わらないのにという不満も出てきた。

小田原藩は下級武士の豊田正作に命じて嫌がらせをやらせた。酒好き、いじわる権力を笠に着る時代劇に出てくる悪代官のような武士だ。金次郎は嫌になって生まれた弟のいる桜町に帰った。

そこで、武士に恐れるのは自分に不動心がないからと成田山の新勝寺で21日間の断食修行をするのである。
そして、「一円観」という考えにいたるのである。
「復興事業に妨害する人間は悪人だと思ったが、そうではない」
「反対者には反対する理由がある、反対者が出るのは自分の誠意が足らないからだ」と結論付けるのである。

「見渡せば敵も味方もなかりけり、おのれおのれが心にぞある」
「打つ心あれば打たるる世の中よ、打たぬ心の打たるるなし」

二宮金次郎の言う一円観とは、善悪、強弱、苦楽、禍福、幸災などあり、あらゆる対立するものを一円の中に入れて観て、
半円と半円ではバラバラではなるものもならない。互いが合わさって完全な「一円」となった時、はじめて成果を生み出される。
「一円に人は納まる」というわけである。

「おのれおのれの心にぞある」この心にいつも反省する次第だ。
どうしても気づけば自己正当化して対立させてるおのれがいる。

皆さんはおのれおのれの心を捨てきれますか?

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