「自性唯心」が意味するもの

投稿日:2019年3月28日 更新日:

「自分は肉体でもない、心でもない、心持が信念にならねばならない」 中村天風
二元的なものの捉え方をせず、迷いがない態度だ。
実に清々しく感じる。
自分がこの態度を維持できてるかははなはだ疑問だ。

凡夫の私は心を善にしなければならないとこだわる。
そうすると悪を憎むようになる独善となり偏ってしまう訳だ。

どんな事態でも、心持をしっかりもって悪であろうが善であろうが対応する構えを持つ。
それが唯心という主体である。
「随所に主なればいたるところ真なり」と禅語にある。

決して現実を受身に捉えるのでなく、善くても悪くても積極的に受けいれる態度だ。

さて、人生に処する態度はできるが常日頃どのように楽しむか、
年齢とともに気をつけなければならないかを知り、
主となることを孔子は以下のように語る。

「論語」李氏第十六にその教えが書かれている。
「孔子曰く、益者三楽、損者三楽、禮学を節せんことを楽しみ、
人の善を言う事を楽しみ、賢友多きを楽しむは、益なり。
驕楽を楽しみ、佚遊を楽しみ、宴楽を楽しむは、損なり。」

意味=
人生において有益な楽しみが三つある。
また有害な楽しみも三つある。
礼学を調節することを楽しみ
人の美点を言う事を楽しみ
学徳の優れた友の多いことを楽しむのは有益である。
驕ってわがままにすることを楽しみ
怠けてあそぶのを楽しみ
酒飲みにふけるのを楽しむのは有害である。

「孔子曰く、君子に三戒有り。
少き時は血気未だ定まらず、これを戒むること色に在り。
その壮んなるに及んで血気方(まさ)に剛なり、これを戒むること闘いに在り。
其の老ゆるに及んでは血気すでに衰う、これを戒むること得るに在り。」

意味=
孔子先生が言うには、君子(道に志して努力しつつある人)には三つの戒めがある。
青年時代には血気がまだ定まらないので、戒むべきは色欲である。
壮年時代には血気が甚だ盛んになるので、戒むべきは闘争である。
老年時代には血気が衰えてくるので、戒むべきは利欲である。

さらに、孔子は善を見ては追いつかないようにそれに向かって努力し、
悪を見ては、熱い湯に手を入れた時のように急いで改める。
私はそのような人を見、そういう言葉を聞いた事があると書かれている。

善悪を問わないで対処し課題を解決する行動こそが大事だと諭すのである。
どんな人の人生にも大なり小なり重荷を背負っているが、
それを他人と比較しても致し方ないし、
まして自分だけが悲劇だと思い込んでも面白くない。
ならば現実を100%受けいれ、楽しんだモノが本当の成功者であろう。

「心こそ心惑わす心なり 心に心許すまじき」
「心持ち」持ち続けることが主になることに違いない。

皆さんは自分の心と体の主人であると確信ありますか?

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