敵でなく仲間はフェアプレーの精神が築く

投稿日:2019年3月22日 更新日:

先日、テレビを見ていてスポーツ庁の鈴木長官が、
オリンピック出場できなかった選手を仲間と言っていた。
競泳の目標はオリンピックにでて世界タイムに挑戦するために技術力や、
体力強化するのは当然だ。
タイムを競うのは目標だ。

目的は違う。
スポーツを通じて健体康心を創造し、
努力する喜びと感動を伝えることだというようなことをいっていた。

目標に向かって、切磋琢磨する事だから、試合が終われば、
ラガーのように「ノーサイド」敵、味方がなく仲間だ。
そして、「一人はみんなのために みんなは一人のために」支えあい励ましあってこそ、
フェアプレーの精神だ。

資本主義社会で仕事をする意味も同じだ。
確かに事業を継続するためには利益を出さねばならない。
京セラの稲盛会長は経常利益10%出さないと事業を継続できない。(税金に約半分払う)
どんな仕事でもそうだというのである。

3%や4%では税金を払えば残らないし、
継続するのには他人のお金を頼りにしなければならない。
まさにその通りだ。

「競争」と「信用」は一見矛盾するように見えるが違う。
目標として仕事に立ち向かい誰にも負けない努力をして利益を出す。
同業者もまた必死になって利益を出そうと努力する。
お客さんに喜ばれる商品サービス、情報を提供することや、
その実行のために、会社の仕事の取り組みを改革改善して、
さらにより良い品質。より役に立つ商品、サービスを創造し生み出そうとする。

確かに見掛けは競争に見えるが、互いが切磋琢磨して「智慧」を出し、
行動を変革し、改善と、改革を繰り返しど真剣に仕事に取り組んで築き上げる。

その結果信用がつくのである。
同業者は敵でなく、仲間だ。
業界の新しい市場を作ったり、新商品やサービスを提供し、
お客さんや世の中の役に立つ智慧と行動をして社会貢献する。

目的はこの世の中で生活するすべての人に役立つ仕事をして、
幸福になり笑顔でいっぱいになることを願う。
会社の内部で言うと部署間の立場の違いや、
仕事の違いで対立するときもあるが、仕事の目標が違うだけで、
目的はみんな物心両面幸せになる仲間である事は間違いない。

資本主義社会においてフェアプレーの精神で、
事業の目的と目標を明確にし信念化する事だ。

皆さんは目的、目標を明確にされていますか?

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