四十にして惑わず。

投稿日:

四十にして惑わず。
これは論語の学而の一説に有る。
誰もが知ってる有名な言葉だ。

ところが禅宗ではこれはとんでもないことだと否定する。
人間として生まれたら迷って当たり前、
一生懸命心の安定を求めるが、
『悟り』『不惑』『無』だとか『空』『無事』という絶対的なものを固定化した瞬間死人となる。
『今ここ自己』を生き抜いてこそ心安らかになると厳しく固定化、絶対化を嫌うのである。

雲門禅師〔864から949〕は、
『平地のうえに死人無数。いばらの林を過ぎ得たるもの是れ好手〔つわもの〕なり』
〔雲門広録 巻中〕

意味=平地は仏祖によって開墾された平坦な大地、万人が等しく安穏に歩み、
   また住むことができる。そこに安住することは『仏祖の縛り』にかかって人は死ぬ。
   雲門禅師は絶対的安心な路などないと断言する。

いばらが行く手を阻めば、刺されて血を流しながらでも、それをくぐりぬけねばならない。
岐れ路にさしかかったら、どちらを進むかにまず迷い、そして自らの判断と責任で選ばねばならない。
これこそ、心の平安を求める人の歩く道であり、
既設の大道をその導くままに歩いて自分で責任や判断をしないで平地を歩く人は死人に成り果てるという。

死人にならないためには『不悟』『惑』と絶対化せず固定化せず迷人でなければならない。
自らの環境で起こるあらゆることを100%受け入れ、
自分の知恵と行動で責任もって山谷を切り開く覚悟がいる。

だからこそ喜怒哀楽を楽しめ、浮き沈みの人生行路の味わいがあり胆力も出来る。
雲門禅師の前では、平坦な路を歩けない、また他人や環境のせいにして不平不満に愚痴はいえない。
自分らしく起伏の有る山谷を面白おかしいく歩きつづける以外ない。

みなさんは「惑わず」を額面どおりに考えますか?

no image

2020/11/24

「コロナが教える日本の民主主義」に思う

アメリカの民主主義で憲法が保障しているのは法による個人の自由である。コロナウイルスが世界中で拡大している中で、欧米では方 ...

no image

2020/11/20

「人間力を高める」

相撲の世界では横綱になるには「心技体」を鍛えることを諭す、教育の視点では心は「知情意」の三方を自ら鍛え高めて人間力を高め ...

no image

2020/11/19

「我」について

インドでは「我」のことをアートマンと呼んでいる。この「我」を全面否定したのがお釈迦様である。「我」とはエゴのことであり、 ...

no image

2020/11/15

「東洋的な自由」

トランプ大統領が敗北宣言をしないのは「自由」に対しての考え方が法による自由だからである。 世界で初めて共和国を創ったのは ...

no image

2020/11/13

「中庸」と「中道」の違い

孔孟と言われるのが一般に儒教で老荘が道教だ。「中庸」は論語の雍也第六「子曰わく、中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民鮮きこ ...

-生き方
-