一月三舟
禅語でひとつの月も舟の位置によって見え方が変わるという喩えだ。
今日は金環日食だったので、曇っていたが7時25分前後に見ることが出来た。
サングラスをかけたが目が痛かったので数十秒見ただけだが、
すっぽり月が真ん中に入っていた。
富士山の上空に出る月が良いということで、
昨晩から場所取りされてるのがニュースにでていた。
早いのは九州南部だとカメラを持ったマニアが集まってきている姿もあった。
これは自然現象を見るということだけだが、
三つの場所では感じ方が違う。
「一月三舟」を聞いたのは「平和を願う会」と題して平成元年に京都の学士会館で小田切先生、和田先生、西村先生〔花園大学元学長〕の三人がそれぞれ平和実現の心構えを語られた時に、司会の内海孝雄〔大阪石材取締役〕が締めくくりの挨拶でいった言葉だ。
私たちが真実を見抜くため自分にこだわって一方的な味方するのでなく、
多面的な角度から全体をつかむという教えでもある。
二宮尊徳翁も「半面を見て全面を見ないものは半人前だ」
高田好胤元薬師寺管主は「諸人よ 思い知れかし 己が身の 誕生の日は 母苦難の日」
誕生というひとつの祝福も逆の立場の人には苦難なのだと感謝を忘れないことだと説法された。
仏教では「仏に祈る」お願いするご利益信仰でなく、
「仏を祈る」といって自分に力を与えてくれと自分に念じる誓いの言葉だともおっしゃる。
「仕事も人生も「心の置き所」楽しいと思える心を自分でつくるからこそ楽しくなる。
決して仕事・人生に楽しいものと苦しいものが世の中にあるわけではない。」
みなさんは仏教的な見方も一月三舟のひとつですがいかが思われますか?