「令和」に思う

投稿日:2019年4月18日 更新日:

5月1日から元号が変わる。
「令和」は万葉集の「初春令月 気淑風和」
(時に)初春の令月、気淑く風和ぐと読む。

「令」は律令の令であり、令嬢の令である。
日常は「命令」の令を上意下達のような「しなさい」、
という感じできつく感じるが、天の命を「敬って承る」という意味だ。
古来中国では皇帝は天子様で天の声を聞き届ける人であった。だから命令とは上位の者が下位の者に伝えるのだが、
天の命を伝えるので敬って聞くのが令である。

「和」は十七条の憲法の第一条に書かれている「和を以って貴しと為す」という日本の心持ちを形成する意味を表している。

701年大宝律令は中国の唐に習った中央集権的機構の政治体制の骨子として作られた律令だ。
律は刑法で6巻からなり、令は行政法や民法であり、11巻からなる。
十七条の憲法に6巻と11巻で17巻の大宝律令ですが、
この数にこだわったのは易経の影響である。
奇数で大きい数は9、偶数で大きい数は8で足せば17になる。
この時代は自然科学が発達していなかったために、飢饉や疫病は天の怒りだと捉えていたのだろう。
自然を敬い感謝する事が第一義とされ、祭りや祝いの儀式が社会秩序の基準となっていたのである。
現代のように科学が発達して、自然を解明して原理を紐解き対処する道具や技術がなかった。
儀式や習慣が迷信として誰も感謝や敬いがないようになって来ているのは心が豊かさを失っていくことだ。

その後、律令体制が進み、令は官制では地方長官を意味し、
郡県制においては県長官を意味し、「令を下す」となると、
長官からの上意下達の犯されざる法律となったのである。
その、長官の娘を令嬢と貴人の娘と敬った表現したのも政治体制から生まれた。

諸行無常という言葉のように、国の制度も時代によって変化するし、言葉の意味もどんどん変化していくのである。

645年の大化の改新以来国家鎮護を考え政治がなされてきた現代に、元号を持って、一時代の文化的な理念として国のベクトルを創ってきた先人の智慧には驚きだ。

2000年前の張衡(78~139年)は、文人であり、官吏、科学者(渾天儀・地震計の発明)だった。
中国古典の「文選」の中の「歸田賦」に、
「仲春令月、時和気清」
仲春のよくつきに、時は調和し、気は清らかにすんでいる、と読む。
古代の人は中国も日本も春夏秋冬を愛で、感謝して大自然の中で生かされる命を喜び敬っていた。

皆さんは令和という文化指針の日本の伝統、いかが思いますか?

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