「易経」に学ぶ

投稿日:2019年4月24日 更新日:

「易経」に学ぶ

「大いに終始を明らかにし、六位時になる」乾為天より
「六位」とは始めから終わりまでに経ていく六段階のことを言う。

「易経」は時の書とも言われる。
あらゆるものは「春夏秋冬」に変化すると解くのである。
この「六位」をオリンピック選手になるとすると、
六つの段階を、「立志、修養、修行、独創、達成、衰退」
このように心境が変化するのである。
ここで大事なのは「立志」である。
私たちは何となく仕事し、何となく生活し、何となく衰えていくのが普通ではないだろうか?

若き時には大きな夢を持っただろう。
そして現実の壁にぶつかって幾度も挫折を味わい、
それでも立ち上がり、挑戦して壁を打ち砕こうと、
誰にも負けない努力をしただろう。
我武者羅に行動はして小さな一歩という前進はするが、
これだけで良いのかと不安と恐怖にかられたであろう。
義務感と責任感に縛られ、身動きが取れず周りの人にあたり散らしてきただろう。
これは私の偽らざる心境のプロセスだ。
どんな人も最初から自信があったわけではない。
十年、二十年、三十年とこつこつ努力を重ねてきた中に、
一筋の光を見出しこれが俺の天命(天職)と覚悟を決め歩いてきたに違いない。
私は今「独創」の時代を迎えている気がする。
学ぶ事への喜びがこみ上げてくる。
生きることへのワクワク感や、どきどき感が突き上げてくる。
文言伝に「学問」について書かれているので紹介する。

「学をもってこれを聚(あつ)め、
 問をもってこれを辯(わか)ち、
 寛をもってこれを居(お)り、
 仁をもってこれを行う。」
(文言伝より)
意味=これとは「徳」の事であり、
   学問とは学びそして、書物や師に問い、
   自問し、なすべきことを弁別すること(分ける)
   学んだことを会得したら、「功でなくてはいけない」と、
   狭量にならず、人にも自分にも物事にも、
   寛容な心で思いやりを持って実行する事が寛容である。
学ぶだけ学んで知っているのは良いのですが、
現実を少しでもよりよく解決する智慧を出して、
行動で証明する。
行動に学びが現れる事だ。
知識だけでなく智慧に変えて実践することだ。

易経がかかれた3000年、あるいは5000年前に暮らした人も完璧にできていないからこそ、未来こうありたいと書き残してるのに違いない。
この積極的で明るく楽観的な末来観こそが生きる原動力だ。

皆さんは学ぶ喜び感じて毎日過ごされていますか? 

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