「馬鹿不平多」福沢諭吉

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「馬鹿不平多」福沢諭吉
資生堂名誉会長の福原義春さんが読売新聞の夕刊で、
同窓会に行った時に聞いた言葉として、書いておられた。

22歳で意気揚々と入社したのに商品管理部に回され、
「不平で時間を無駄に使った」と述懐されていて、
経営者の中では大変な読書家である。

福原さんは福沢諭吉はオランダ語、英語を猛勉強し、教育者として講演、
著述、出版業にまで乗り出していたから、
「不平を言う暇がなかったはず」と感じ入られた。

「忙しい時こそ読書」を旨とし、今日までこられたそうだ。
読書が未来を解くキーワードを教えてくれることはまちがいない。

「君子豹変す」という言葉が易経の中にある。
これは根本的に真逆をやることで根本からものの見方、行動を変えることだ。
普通の人間では、そこまで自己否定したら
自分がなくなってしまいそうな感じになって行動はしない。

この言葉の後に「小人革面」=小人は面を革(あらた)む。
これはその時々で面を架け替える〔他人にあわせていろんな仮面を付け替える意味〕だけで
根本の自分は変わっていない小賢しいやり方でダメだということ。
〔普通はこのような対処が一般的だ〕

最近、実際に豹変しなければならない体験をした。
娘がある日、大変怒って、父親に抗議するので、
「話を聞くから落ち着いて話しなさい」といった。
すると、娘は「この表現はいつも父がやるやり方だ」と答えた。

鏡の法則というのがある。
目の前でわたしの行動を再現してくれている姿に、
自分自身がなんと愚かな行動をしていると思い知らされ、
ショックと同時に恥ずかしくなった。
それは一方的に押し付けるエゴ(利己心)そのものだった。

この機会に「小人革面」でなく「君子豹変する」という
根本を据えなおす覚悟ができた。

人間とは愚かなもので自分の行動が客観的に見えない。
自分が善と信じたら不善が許せなくなり、盲目的になって極端な行動をする。
「馬鹿不平多」は自分が善と思っている反対の出来事が許せなくなり、不平が出る。
たとえば、早くすることを善とすれば、ゆっくりやる行動を見たら悪とみなしてしまうのだ。
自分の価値観に溺れてしまうから不平が多くなるのだ。〔自己中の価値観〕
自分を天から見つめて、自分の「善悪」を一度とって、
素直に事実を見る自分になることだ。〔仏教では如実知見という〕

二宮尊徳は、天道には「善悪なし」と言っている。

皆さんは「馬鹿不平多」卒業されましたか?

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