「物のモノサシ、心のモノサシ」を教えるコロナウイルス

投稿日:2021年1月9日 更新日:

コロナウイルスが教えているのは一体何かを問えば、私たち一人一人の心のモノサシではないかと感じている。

モノを計ったりするにはそれなりの単位を決めモノサシを作って計る。
コメなら一合・一升という単位で四角い升で測るのは江戸時代からやっていた。
長さの単位には寸・尺(現代はセンチメートル・メートル)、重さの単位にはグラム・トンがある。
ところが、目に見えない心を測るモノサシの共通するものはあるかというと中々これだというモノサシがない。

世界中の人が感染拡大と経済の両立を考え、イギリスではロックダウン(都市封鎖)をしたり、北欧では感染してもいいから全国民が免疫を持つためにマスクなんてしなくていいと感染者を増やす方向で行動したが、死者が多く出てしまい間違っていたと今は防衛する方向に転換してきたのも事実だ。
中国はもっと厳しい措置をとっており、感染者が出たらその家を封鎖したり、道路を封鎖して感染者の町の交通遮断までを強硬にするというのもある。

日本は第三波の感染が広がって、緊急事態宣言を東京・神奈川・埼玉・千葉に発令した。
多分関西の大阪・京都・兵庫も時期は遅れるが同じように発令されるだろう。
これでは基本的に解決しないと思う。個人に要請するだけで強制力がない。
要請するなら補償をしろと金で解決をしようとするが、十分な補償ではなく中途半端な金額しか出ない。

戦後、技術力をバックにモノの輸出で経済を発展させた日本は、変化する世界に対応する人材育成が出遅れてきた感がある。
恩師の小田切から伝教大師最澄の「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」という言葉を何度も聞いた。
道心とは向上心のことであり、この向上心も自分だけが良かったらいいというのでなく、「和合の心」をモノサシにすることで、四無量心(慈悲喜捨)を実践することだと教えている。
和合をもって社会を発展・進化させるにはこの4つの心のモノサシに照らせというのである。
慈=友愛の心で楽しさを与える心
悲=相手の痛みを理解し同情し苦しみを抜いて接する心
喜=相手の喜びを自分の喜びのようにして妬んだりしない心
捨=とらわれを捨てて分け隔てなく平等に接する中庸な心
当然私たち人間は不完全であり、そんな理想的な心を常日頃持ち続ける人は多くいないだろうが、少なくとも自分の心のモノサシとして手元に置いておいても無駄ではない。

最澄さんはもっとスケールが大きく、以下のように語られている。
「国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝と為す。故に古人いわく、経寸(金や物のことをさす)十枚、これ国宝にあらず。一隅を照らす、即ちこれ国宝なり。」

コロナウイルスが教えるのは、物質的な豊かさを発展・進化させたが、創造力を奪い、感謝の心を忘れ、不満を他人への恨みに転嫁する心に偏っていることへの警告に感じる。
だからこそ、現代人は自分に自信がなくなって国や他人に頼ろうとする解決方法を選んでいるように映って仕方がない。
これは心の病である。
臨済禅師は「病、不自信の処にあり」と言っている。
政治や経済、教育、治安すべてを不信の目で見る依頼心ばかりの弱い人間になっていないだろうか?
もう一度自分と向き合い強い人間であれと自問自答を迫っているのがコロナウイルスに違いない。

皆さんは心のモノサシ如何に形成されていますか?

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