「人生何が残せるか」に思う。

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渋沢栄一は「論語とそろばん」という本を残している。
フランスで銀行のあり方を学び日本の銀行制度を創り、
百数十という会社を創業し、
明治の近代化に貢献した生き様を残した人物である。

渋沢は「論語」を学んだおかげで道を踏み外さずにすんだと述懐してる。
「論語」とは実践論である。
「論語読みの論語知らず」という言葉があるように、
知識だけを学び取ることに重きをおいていないのが孔子だ。

孔子は五十四歳ごろに魯国のトップ官僚になる。
道ある国家運営を志したが重臣が自ら手本になるような行動をしなく、
4年位で退職するのである。
その後三千といわれる弟子とともに拾五、六年旅をして魯の国にかえり後継者を育成する。

孔子の実践を重んじ、求道者としての謙虚さが現れるのが、述而第七にある。

「子曰わく、文は吾猶人の如くなること莫からんや。
 躬(み)もて君子を行うことは、
 則ち吾未だこれを得ることあらざるなり。
 子曰わく、聖と仁との若(ごと)きは、
 則ち吾豈(あに)敢(あ)えてせんや。
 抑々(そもそも)之を為(まな)んで厭(いと)わず、
 人を誨(おし)えて倦(う)まずとは,則ち言うべきのみ。」
 

意味=典籍(古典)の研究は人並みにできないことが内容に思うが、
    君子の道を実行することは、私にはまだなかなかできない。
    聖人とか仁者とかには、私は及びもつかないことだ。
    その境地を目指して学び、あきることはない。
    こういうのが私だといってもらってもよい。

君子とは状況に応じて危険な場合には退却もして、
次の機会を待つ。
ところが直なる者はまっすぐすぎて、退く事をしない。
これは危険だ。
命を粗末にしてはいけない。これは卑怯ではない。
最も命を大事にすることは実践的な哲学だ。

正岡子規の「病症六尺」の本の中にも、
「禅宗で言う悟りということはいかなる場合にも、
 平気で死ぬることかと思っていたのは間違いで、
 いかなる場合も平気で生きることである。」

命は天から与えられたものであり、人間の意志で動かすものではない。
人間は天の声を聞いて、人道を全うする事である。

「悟得天命 履行人道」という言葉にある。
私たちは残せる者はお金や地位でも名誉でもなく、
自分を問い続け学び続ける「生き様」だけだ。

皆さんは何を残されますか?

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