大阪石材社長ブログ

「事実が先生」の意味

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私達は新しいことが起こると、過去の経験を引き出し、頭で是々非々を考えて対処しようとする。
決して悪いことではないが、現実には自分に都合のいいことと都合の悪いことが起こる。
言い換えると、災難が起こる時もあればラッキーなことが起こる時もあり、自然と災難には対処しないという保身の本能が働く。

では、災難な事態をどう乗り越えるかというと、江戸時代の曹洞宗の僧侶、良寛さんの言葉にヒントがあるので紹介する。
新潟県の三条市で、12000軒の建物が倒壊し、1500人もの人がなくなる大地震が起こり、良寛の知人の山田杜皐(とこう)はその地震で子を亡くしたが、同じく被災したであろう良寛が心配で見舞いの手紙を送った。その返事に良寛が書いた一文が「災難に遭う時節には災難に遭うがよろし候、死ぬる時節には死ぬよろし候,是はこれ災難をのがるる妙法にて候」という言葉である。
そうなんですね。
良寛はリアルな事実を受け入れ対処するしか方法はないと言うのである。

当たり前で誰もが解っているが、死ぬとなったら生きたいと思い、生きているが思い通り生きられないと死にたいと思うのが凡人の我々の本能からくる観念だ。
事実のリアリティーに飛び込むには「勇気」と「行動力」と「覚悟」がいる。

私達はいつも外の世界を二つに分け、選択して生きているが、実は事実は一つですから選択の余地はありません。自分の人生の山坂に過ぎないからですね。
事実が一つなのであれば、その事実を素直に受け入れて、現実的に未来に向かって生きていくしか方法はない。
今の自分にできるとかできないとか、やるやらないと二つに分けることではありません。
自分の内を二つに分けることですが、現実と未来という時間軸で分けることで、前に向かって生きることになります。

常識がなければ社会生活はできないが、新しい常識を想像するのが人格の成長や発展に繋がることは確かだ。
「常識で考えるな、常識を考えろ」
常識は常に変化している、(仏教では諸行無常と言う。)
常識の弁証法です。常識(正)→非常識(反)→新しい常識(合)となる。
だから、自分の中に今の常識と新しい常識を想像し、アウフヘーベンさせるんですね。
人間が他の動物と違うのは想像力があるということ。つまり、自分を進化させ、さらにより良く想像することができるということだ。

事実(リアル)を100%受け止める心構えを持って生きることが、自らの人格を進化発展させると確信する。

みなさんは観念から行動してないですか、事実からですか?

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