安岡正篤は、易と人生哲学の中で「健康な人」を以下のように書かれている。
「人間として欲望も才能も、そして気力も気魄もあり、
しかもよく反省して自己を粛清し、
てきぱきと事を処理していけるというのが本当の健康な人なのだ。」
実存主義者のサルトルは「人間は自由である。人間は自由そのものである」
というのだ。
逆に言うと何に照準を合わせるかを決めなければ、自由は無秩序になる。
古来「真、善、美」は自由に秩序を与える究極の価値観だ。
「真」を極めるのは学者、「善」は商人、「美」は軍人・芸術家である。
世界は自由と民主主義が基本であると考える自由主義陣営と、共産主義陣営があり、二分している。
マルクスは資本主義を、個人の欲望増殖に励み、
競争によって格差を生み自らを駆逐する、と考えた。
高度に発展した資本主義は、社会主義へ移行し、
富をみんなのものとする共産主義社会が実現されると考えた。
そんな社会があるなら作ろうと、ロシアや中国が実験している最中が現代だ。
社会的な視点から個人の人間としての健康を考えると、
やはり健康な体は運動と栄養からでき、自らの欲望をコントロールする必要があり、足るを知る心は利己心が利他心へ転換させ、互いを認め合う人間になることだ。
しかし、今の段階では未熟すぎる。
心の時代といわれてるが現実の精神世界は未熟といわざるを得ない。
「健体康心」はあるものでなく、自ら創意工夫して創るものである。
皆さんはどのように健康を創られていますか?