大阪石材社長ブログ

「マネジメント」に思う

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ピーター・ドラッカーは、マネジメントとは市場創造だといっています。
資本主義社会では拡大再生産を余儀なくされ、「成長」することが当たり前の構造ということだ。社会に合わせ「変化」することが進化と呼ばれ、自分を想像していくことも課せられているのも事実だ。

事業を始めるということは、この二つを意識してマネジメントをすることが要求される。基本的には生産力をあげるには生産手段(道具・機械)を進化させる技術革新がいる。もちろん、時代によって、生産関係をいかに効率良い関係に構築するかも重要な課題だ。生産力、物的生産手段、生産関係は密接に関連している。
生産力の基本は人間であることは間違いなく、機械化やIT化によって物の効率だけでなく、情報の効率も欠かせない。情報化社会では、情報処理においてPCやスマートフォンは必需品である。

マネジメントは、人間が人間に対しての行動だと考えると、国語ではなく数学だと断定する人がいるが、数学でマネジメントすれば味気ない無味乾燥で機械的な事業風土となり生きがいのない仕事になると想像する。
とは言え、国語だと言い切れるかといえば、あまりにも愛情や思いやりばかりになりすぎたら、自立した人格を阻害するようになる。

マネジメントを経済的な場面でとらえるのか、あるいは研究集団のマネジメントなのかによって、成果を最大限発揮して出すには、と考えると国語と数学の両方がいる。
さらに、付け加えると「文化」という味付けがいる。
文明は時代によって形は変化するが、文化は精神的な人間として進化する無形の基本的な思いだからである。

この「思い」は文明を作り、人間の夢や、理想を実現していくのである。
人間はいつも未来の着地点を見つめ、創造力を以て行動し現実化させ自ら生きがいを持ち、絶対積極意識で明るく、朗らかに主体的に未来を開き作って行く。
高村幸太郎の詩の「道程」
「僕の前には道はない 僕の後ろに道ができる。ああ自然よ 父よ
 僕を一人立ちさせた広大な父よ 僕から目を離さないで守ることをせよ
 常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ この遠い道程のための この遠い道程のため」

私たちは自然の分身だからこそ、エネルギーを持っていることは間違いない。
道程の困難を乗り越えるのに父の気魄(きはく)を充たしてくれというのだ。
誰しも、人生に躓いたり、絶望したことがあるだろうが、この道のりに生きるぼくから目を離さないで!!!

皆さんは、マネジメントは事業だけでなく自分の人生のマネジメントが基本だと思いませんか?

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