「高度に発展した資本主義社会」にこそ末来が築かれる

投稿日:2018年7月4日 更新日:

資本主義社会が高度に発展すると私的所有と個人の自由を超えて、共産所有と公民(シトワイヤン)抽象的道徳主体の自由を得る。

ここでマルクスが言いたかったのは私的所有から共産所有になるという、右から左へのプロセスの説明をしたかったのではない。

人間の中にある生存欲求、種の保存という本能は利己的であり、一方で生産力をあげるには分業による協業化を進める事が重要で、人格と人格を互いが認め合う相補的関係(相互依存関係)という利他的主体が必要になる。

言い換えると高度に発展し生産力がいまの何百倍になれば、人は奪い合う事がなくなるとマルクスは考えた。

共産は結果の状態で私的所有を否定する政治構造をつくれば、人間が解放されると考えるのは極端である。

人格を互いが認め合うということは利己的な生存欲求も認め、同時に利他的主体に目覚める事が相互に浸透する関係でなければならない。
人間は不完全な存在であるがゆえに進歩、進化する。
この不完全性を自覚する事ができれば、人間開放という彼岸を実現する事ができると言いたかったのである。

仏教的に言えば「迷悟一如」で現実をありのままに100%受け入れる「受用不尽」を実現する事だ。
これが「愛」であり、「恕」(思いやり、求めない事)の姿勢である。

矛盾こそがありのままである。
だから生きる力が湧いてくる。
当時の西洋の社会ではユダヤ教(貨幣崇拝の利己主義)と位置づけられていた事情があった。

また市民社会は確かに政治的開放はなされたが、一方で私的所有による自由の制約が隠れていて、ブルジュアーの自由を認めてるだけだとマルクスが暴いた。

だから唯物論者は社会変革を一番に考え構造をかえ、ブルジュアーと戦う事だと位置づける。
しかし、自己変革の重要性が置き去りになっているように感じるのは私だけだろうか?

皆さんはいかが考えますか?

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