一円融合

投稿日:2018年6月24日 更新日:

一円融合という言葉は二宮尊徳の言葉だ。
藩の財政改革のために、農業改革し開墾地を耕したり、
あぜ道に粟、稗を植えたりして収穫を増やし、質素倹約で勤勉にやっていた。

まずは、新田開発は心田を耕す事だと、荒廃しきった心を耕す事に着手する。
勿論、「こんなことしてなんになる」と反対者がでる始末、
心が折れて藩に辞退を願い出るが受け取られず。

45~6歳になっていたがお寺に修行に行く、村人が迎えに行き、再挑戦になる。
このときに尊徳は「一円融合」ということを深く思い至ったのである。

反対する人には反対の理由があるのだと、
自分を絶対化せず、互いが必要なんだと信念する。

それは、植物は水、湿度、土、養分、炭酸ガスなどが相補に働きあって、
一体となって結果を生み出している。
だから、すべては反対者もいて「一円」であるというのだ。

反対者を謗ったり、戦ったりする事はない。
ただひたすら「至誠」を尽くす事だと、楽観的に考えるのである。

いくつか尊徳の言葉をあげてみる。

1.「世の中は智慧があっても、学があっても、至誠と実行がなければ、事はならない。」
2.「善悪といっても、天が決めたものでなく、結局人間にとって便利かどうかだけの話である」
3.「善悪はもと一円である」
4.「貧者は昨日のために今日つとめ、去年のために今年をつとめる。
それゆえに、終身苦しんで、その甲斐がない。」
5.「富者は明日のために今日つとめ、来年のために今年をつとめるから、
人生を自由自在にあやつり楽しみ、することなすことみな上手く行く」

「打つこころあれば打たるる世の中よ、打たぬ心の打たるるは無し」
この心境は善悪を俯瞰するところにあり、他人を責めない、怒らないのだ。

この心境は幕末の西郷隆盛の「敬天愛人」を思い出した。
「敬を身に置いて、意を誠にす」(明道先生・儒者)
天はみんなに恵みを与え、不自立な自分にも、だから敬がなければならない、
敬うとは謹む事だというのである。

そんな不自立な自分を理解してくれるなら、等しく人を愛する事だ。
どんなに違っても自分の不徳の致すところと反省し、「至誠通天」の覚悟で行動する。
どんな艱難にあっても「義」を貫き、後は「天」に任せる。

易経では太極というのである。
陽は天(太陽)で陽気に暮らす=男性的
陰は土(地)で善悪をのみこむ=女性的
と表現する。

皆さんは日頃の暮らしで一円融合してる事お気づきですか?

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