「墓じまい」に思う

投稿日:2017年8月15日 更新日:

お盆に墓に家族で参って「墓じまい」について思った。
「墓じまい」が今話題になってきたのはに三年ぐらい前からである。
その二年位前には「終活」という言葉が「就活」や「婚活」などと同じようにマスコミで取り上げられた。
少子高齢化の人口構造と単身者世帯が3割となる現実が背景にある。

業界では意見が二つに分かれ、一つはお墓に参る気持ちがなくなったと捕らえる意見と
現実的に少子化で跡継ぎ問題が課題になってるという意見だ。

私は後者の意見が現実的だと考えている。

もう一つの意味では戦後の団塊の世代のひとたちの価値観が影響してると考える。
それは、反社会運動として既得権益を壊し新しい価値を見出すという意識だ。

封建的な大家族制から新しく核家族という家族単位で暮らす方向へシフトしていった。
逆から言うと自分の子供たちはきっと親という権力に反抗する行動すると考えているのである。
だから、「死後も自分らしく」事前に準備し、
子供に頼らない伝統的な親のやり方をしないことがいいと考える傾向がある。

私の中学校の校長をした友人も男の子が二人もいるのに墓は建てない、実家の墓も継がない。
全く意味が解らないが、息子に墓の守りなどさせたくないというのである。

社団法人終活カウンセラー協会の武藤代表と話す機会が合って、
「終活の相談の多くは何の話ですか」と質問したら、
「墓」をどのよう継承し遺骨をどうするか困ってるというところがポイントだとおっしゃられた。

「子供に迷惑をかけたくない」という親の気持ちは解らないでもないが、
子供もほんとにそう考えてるかは別の問題だ。

「墓じまい」は逆から視点を変えると先祖に対する礼儀を重んじてるからこそ、
後継なきお墓で無縁化することを良くないと考えてる現われである。

「終活」は既存の押し付けの作法を壊す意味での団塊の世代の価値観のように感じる。
最近ののNHKのアンケート調査では20代の人の70%は義理でも墓に参りたい、
あるいは墓に参って気持ちが落ち着くからといった結果がでてる。

何万年前からおこなわれた死後の遺体を埋葬する人類の尊い習慣が形は変わってもなくなることはない。

皆さんは「墓じまい」いかがおもいますか?

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