お墓参りで考えた先祖供養のこと

投稿日:2017年3月29日 更新日:

「死にはせぬ どこにも行かぬ ここに居る たずねはするな ものはいわぬぞ」
一休禅師

実に一休禅師らしい詩だ。

恩師小田切瑞穂先生と縁があって、墓石の仕事をするようになって40数年経つ。
晩年先生は私の肉体がなくなっても、「みんなに伝えた魂は永遠だ」とおっしゃっていた。

当時30代の私にとっては、意味が充分わからなかったというのが正直なところだ。
たくさんの家の墓を建立してきて感じるのは「生かされてる命」である。

「生きてる命」も当然自分にはあるが、単に受身で「生かされてる命」と言ってるのではなく、
本当に天と地のお陰で、命をつなぐため自然からの恵みで食べ物を食べ、
他の動物から身を守る衣服を着たり、住居を構え肉体とともに家族や仲間で社会を運営し命をつないでる。

その根本は一人で生きてるといえるものでなく、いろんな人の智慧や行動に役割分担される。
みんなとともに生き「生かされている命」の自覚が歳を重ねるたびに深まってくるのを感じる。

先祖に感謝し、手を合わしてもらう尊い仕事をさせていただいてるから、
普通の生活者より敏感に感じるのかもしれない。

臨済宗の妙心寺のサイトに「先祖を祀る心」を、
単に儀式としての形式ではなく深い意味があると書いてあるので紹介する。

「如在」(いますが如く・おわすが如く)、「そこのおいでになるように」という意味だ。

元花園大学長盛長宗興老子は、
「仏教で祖先の法要を大切に営むことは、祖先を尊重することを通して、
自分の命の尊さを確認するということである。」

命の尊さの自覚を促す姿かたちとして法要を大事にするのである。
昨今、科学的とか、合理的思考が強く、儀式や無駄を省く事が都会生活者にとって重要視され、
香典の廃止や家族のみの葬儀、小さい葬儀という安くコンパクトな葬儀のネットサイトまで現れる始末だ。
江戸時代に確立した法要の形の十三仏事といった、
49日、一周忌三回忌や十七回忌の法要をしない家庭も年々増えてると月参りの住職も言っておられた。

もちろん形式に違いない。
しかし、そこに魂を入れるのは今を現在進行形で生きてる人間の感謝の心あっての話しだ。
ギブアンドテイクの合理性ですべてを図るのはいかがなものでしょうか?
中国の古典の荘子は「無用の用」の大切さを説いている。
私のような考えを「古い人間」とレッテル貼られ、
違った形で個性的にすることが現代流と言われる人もいることは解る。

こんな句がある「「先祖の血 みんな集めて 子は生まれ」

二宮尊徳は新田開発やあぜ道に豆を植えたりして、
江戸時代の600ヶ村の村を再建し豊かな村にした。

報徳思想として今日にも伝えられているのは、
天地から恵み(徳)を貰ってるので恩を返すのだと考えられた。
天道と人道と説かれ、人間は天道に従い生かさせてもらってると考えられたのである。

水車の理論などは解りやすいたとえなので紹介する。
川は川上から下によどみなく流れる(天道)
それを人間が水車を作り、滑車をつないで力の向きを上下に変え、豆をひいたり麦をつくのである。(人道)

ところが、現代は人間が操作しなければならない道具の時代よりも、
もっと進んだ自分で動く機械の時代となり、(ロボットを思い浮かべてください)
生産性も高く、たくさん量ができ、時短も進み便利であるが、
道具の時代のように忍耐や自分で過程を体験する事で深い愛着がわいたり、大切にする心が失われる。
(人間疎外論)
彼岸を向かえ、車でお墓参りして、生かされてることに感謝するとともに、
命を使い切る責任が自分のほうにあることが自覚された。(使命)

皆さんは先祖供養に心こめられている事と察しますがいかがでしょうか?

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