森友学園問題の捉え方

投稿日:2017年2月28日 更新日:

毎日のように国有地売却問題が予算委員会で追及されている。
理事長の国家を憂えての洗脳と思える教育法をマスコミは批判する。

教育を根本から考えるいいチャンスだ。
国家予算の中で教育予算が先進国の中で一番低いのが日本の現状だ。
これでは将来の発展、繁栄の芽を摘んでしまうことになる。

子供は国の宝であることは間違いない。
それは末来を背負い切り開くのは若者だからだ。

人間が生きるには、先ず食料で食べねばならない。
働く基本は自分で働き、自分で生活する事だ。
そのためには社会の経済活動の一端をになう技術を習得することが先決だ。
幼いころ母親に手に職を就けろといわれたことを思い出す。

人間には元来成長欲求、向上心がある。
もっと食べたい、もっといいもの食べたいと自然と思う。
そこに競争が自然と起こる。
競争は他を排除する事だ。
言い換えると他人を蹴落とすことだ。

生産が機械化されると他人だけでなく機械が競争相手で人間が疎外されていく。
資本論でマルクスが指摘したのである。
資本を出したものが人間が作った剰余価値を搾取するという唯物論解釈だ。

経済社会では弱肉強食、資本による搾取がある。
この現実の中で教育を考えた時、
技術を持つ人間として「才」を学ぶだけでは心を持ってる人間としては片方だけの翼である。
もう一つの翼は「徳」の学びである。
「徳」とは人間が良識ある行動ができるように自己を磨く人間学だ。
この「才」と「徳」の二つの翼を形成する機会が教育の果たす役割だ。

「徳」を言い換えれば、他人と協調し、他者を受け入れ思いやる心を醸成させる人間学だ。
二宮尊徳が「道徳なき経済は罪悪 経済なき道徳はたわごと」と表現するように、
教育にはこの両輪がいる。
ところが、現実は「才」の学びに重点が置かれすぎている。

「唯物論」と対局するのは「唯心論」であるが、
これは個々人の事で自分で学ぶのであるかの扱いがされているのが現状だ。

森友学園の教育方法には疑問というより間違っていると断言したいが、
「強い心」「たくましい心」「国に誇りを持つ心」などを形成し、
末来を背負える人材を創ろうとした初心があったはずだ。

テレビの放映を見る限り、
最初の基本精神が方法論の間違いで国粋主義者のような違和感を感じざるを得ない。

マルクスは資本主義の危ないのはお金が神様に見える性質、「物神性」に魅入られると言っている。
要するにかね、かねものもの主義になり、
温かい助け合いや心通い合う共同体がなくなり機能性のみの集団になることだ。

弁証法的には「唯物論」と「唯心論」の飛躍した哲学観が求められる時代であることは間違いない。

経済優先的な価値観が情報のスピードを速め、
人間が自分で自分を苦しめ、結果として心温まる共同体を壊し、
機能性の社会をつくっているのである。

人間が実体験で苦しい体験や困難な体験から学ぶ苦痛を伴う自己変革するのでなく、
教育によって「徳」を磨き、自らの心と身体の主人になる自覚を育てる重要性を感じざるを得ない。

皆さんは教育問題如何に考えられますか?

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