捨身餌虎の話(捨て身で虎の餌になる)

投稿日:2016年9月25日 更新日:

御釈迦さんになる前の薩埵(さった)王子の時代の有名な話で「金光経」の中にある。
ある日三人の王子が森を散策していた。
その時一頭の母親虎と七頭の小虎に出会った。
子連れのメス虎は危険である。
子虎は乳も出ない乳首を吸っていた。

第三王子がみんなに、
「このままだと死んでしまう。何か食べ物はないだろうか」といいました。
すると第一王子が、
「生きた動物の肉を与えれば良い」といいました。
第二王子は、
「誰か自分を犠牲にして虎に与えるものはいないかな」といいました。
最後に第三王子が、
「みんな生命と肉体にとらわれていて智慧がない。これでは虎を救う事ができない」と言って
「他人の利益のために、自分を犠牲にする人ならば可能だ」と言葉を続けました。
そして、今こそ、その時だと決意した第三王子は、自分の身体を虎にささげたのですね。
このとき大地が振動し、第三王子をたたえた。

第一王子は虎は肉を食べるという自分の知りえた知識で答えた。
傍観者的で他人事としての知識の範囲の答えである。
第二王子はさらに素晴らしい。
自分を犠牲にしてと言う仏教的な布施を説いたから一歩前進した。
しかしこれも他人事であり知識としての認識で自分は動かない。

現代を生きる私たちには知識は必要だが、
知識の裏側にあるのは「我見」で、自分が自分がの我がある。
我を捨てて他人の犠牲になることを布施という。
布施はギブアンドテイクではありませんし、
傍観者で口先だけの知識のみの行動でもありません。

第三王子の具体的な行動が出るのが智慧であり「我を捨てる」現実的行動だ。
全体を見て何事にもとらわれない自由な心での「捨て身」だ。
狭義になって過激に走る「捨て身」は独善的になるので注意が要る。

ビジネスはギブアンドテイクでは発展しません。
供給する私たちの立場なら、お客さんに「役に立つ」行動で先ずは与える事が必要だ。
だから日頃から「役に立つ」メニューをいっぱい自分を磨いて造る努力がいる。

この話のように自分の身を投げ出す事が一番の行動に違いない。
現実、そこまで切羽詰っていないときに自分を犠牲にすることの意味は、
お客さんに役に立つメニューをたくさん考え提供できる努力をする事だが、
先ずお客さんのところに行くという行動が一番にあっての話だ。

情報化社会の現代、ポケモンGOのように情報だけで満足する観念消費が増え、
具体的なリアルな世界は時間もかかりので行動がおろそかになってるように感じる。
人間と人間が肌で感じれる距離感が基本であると考えさせられた。

皆さんはこの話いかがおもいますか?

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