無無意識の世界こそ真如(般若の智慧に生きる)

投稿日:2016年9月24日 更新日:

白隠禅師は55歳ぐらいのときに5000枚達磨の絵を描いてきた。
ダルマが達磨に見えたら、私の書きたい達磨ではない。

意識した瞬間に「真如」、すなわち無意識の世界はかけないというのだ。
意識の反対の無意識でなく、意識も無意識も超えた無無意識とでもいう方がいい。

要するに「唯識」では識がなくなれば、悩む事も苦しむ事もない。
物事を識別(分別知)するから苦しみが沸いてくるというのだ。

理屈は何となくわかるが、社会生活は共通の意識と言う常識を共有する事で成り立っている。
これをすべて捨てろと言うと、社会生活ができなくなると極端に考えてしまうのも常識だ。

そうではない。

常識にとらわれて、○だ×だ、正が誤だと分別するからこそ苦しむのだというのだ。
二宮尊徳は「天に善悪なし」、道元は「善悪は時なり」と善悪は状況によって変わる。
人間が勝手に善悪を作っただけで、天にはもともと○×はなくひとつ「一如」だといいたいのだ。

その一如にも名前をつけた瞬間に意識が働き別のものになり、真如でなくなる。
どうすればいいのか?

雨が降れば傘をさす。
二階に上りたければはしごを造って上る。
ただただ現実に生きるとはこの行動だ。

これは学習による知恵、体験による知恵で分別知だ。
この知恵がわいてくる「根本の智」を「般若の智」と言ってみんなが平等に持ってる。
「無我の智慧」で「私」を捨て、なくしたところの智慧だ。

本当の世界は「無無意識」と言う「私」を捨てた意識、
分別しない意識、みんなが持ってる命から湧く根本の智だ。
白隠禅師は日常生活するものに「隻手音声」と言う公案を突きつけ、
常識にとらわれない般若の智慧を生き抜いた人に違いない。
「我見」を捨てろとわれわれに迫ってくる。

皆さんは知恵と智慧獲得されましたか?

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