「生老病死」を乗り越え、さらに苦からの解放へ

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2010年頃、Googleが発信元となりシリコンバレーで「マインドフルネス瞑想」というものが企業でも取り入れられ盛んになる。
「マインドフルネス」とは「今・ここ・自己」に気付き、思いやりに満ちた心のことを言う。
「マインドフルネス瞑想」の技法の一つに「慈悲と慈愛の瞑想」がある。「この世に生きる生きとし生ける者たちが幸せになるように」と心の中で唱えながら、自分だけでなく他者に対しても「思いやり」「やさしさ」「慈しみ」を向ける瞑想手法である。

現在はクリスティーン・ネフ博士が言い始めた「セルフ・コンパッション」という考えが広がっている。
1.自分へのやさしさ、親友を見るように自分を見る。
2.湧き上がる感情・思考をそのまま素直に受け入れる。
3.人間の共通性の理解、他人も苦しみながら物事をこなそうとしている共通性に気付く。
脳に上記のような習慣をつけることによって人間は「生老病死」を乗り越え、さらに苦から解放される。

欧米人はセルフ・コンパッションで自分をコントロールして今の意識をコンパッションに更改することで、自らを統御し当面する課題を乗り越え生きることができるかを主眼とし、生への課題解決としている。
ところが中国や朝鮮、日本は文化として儒教が根付いている。中国人は不老不死の薬を求め生を肯定し、死を恐れる。そこで儒教は「孝」という独自の理論を立てた。それは三つある。
1.祖先祭祀
2.父母への敬愛
3.子孫を生むこと
これは「自分の生命は祖先の生命であり、また逆に子孫の生命でもある」という意味で、一つの転換が起こる。
この本質は永遠の生命を認める。不老不死の生命論だ。儒教では招魂儀礼(しょうこんぎれい)と言って死者の魂を呼び戻し、 死者を現世に再生できると考えることで死の恐怖を解決するのである。

さて、セルフ・コンパッションが一番盛んに行われているのは、この教授によるとタイだという。タイは仏教国で、なお初期仏教の小乗仏教でお釈迦さんと同じような行動を実践することが重視される。それは仏教の「四無量心(しむりょうしん)」に基づき実践が行われる。「慈悲喜捨(じひきしゃ)」の実践である。 「慈」=自分も他人も幸せになるようにと願う無条件の愛。
「悲」=自分や他人の苦しみを理解し、それをなくしてあげたいと願う気持  ち。他者への思いやり。
「喜」=他者の成功や喜びを一緒に分かち合うこと。他者の幸せを無条件で喜ぶこと。
「捨」=物事をありのままに平静に観察する心。失敗したときに悲しみを感じたとしても「悲しい」とありのままに表現できたら「捨」。
善いことにも、善くないことにも気づく平静な心(身心脱落)
コンパッションを外の世界にコントロールするのではなく自分に向けることが基本だ。

日本の文化は儒教的な習慣と輪廻転生からくる解脱の考え方が支配的で、儒教の五常「仁・義・礼・智・信」を道徳的に守り、親は子を世間に恥をかかないようにと言って周りを気にして育てるので、行動を肯定的に見るより批判的に見る傾向が強くなり、意識のコントロールをするのではなく意識解脱へと自己を内省することで苦から解放される傾向が強い。
一歩間違えば虚無感に陥ってしまい、傍観者になって自分の命を生かせない偽解脱になる人もいる。

森信三(もり のぶぞう)先生は「真理は現実のただ中にあり」と喝破されている。
「生老病死」の根源をすべて突き詰め解脱し、現実のただ中で命を燃やしてこそ苦から解放され、生きること・老いること・病になる事が楽しいのである。

皆さんはマインドフルネス瞑想をやっていますか?

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